第2回 医師の視点から見た能登地域医療の現状と課題
1. 高齢化、過疎化、地理的要因などが医療に与える影響
能登では高齢化と過疎化が進んでおり、慢性疾患や認知症を有する高齢者が増加している。
高齢者はしばしば複数の疾患を有しており、それぞれの疾患を個別に対応するのではなく、全身の状態を総合的に捉え、柔軟に対応する幅広い診療能力が医療者に求められている。そのため、地域医療では多様な課題に対応できる総合診療医の果たす役割がますます重要となっている。
総合診療医は多様な疾患に対応できる知識と経験を備え、患者の全体像を把握したうえで、必要に応じて専門医と連携しながら、効率的かつ無駄のない医療を提供できる。
また、患者との距離が近く、生活背景や価値観を理解しながら、きめ細やかな支援や助言ができる点も強みである。
また、医療的管理が必要な要介護高齢者や認知症高齢者の増加により、医療と介護の連携の重要性も高まってきている。
地域に根ざした診療を行っている総合診療医は、介護サービスや訪問診療の調整役としても重要な立場にあり、他職種との連携を推進する中心的な存在である。
一方で、過疎化の進行により、医療従事者の確保はますます困難になっており、医療資源の偏在や人材不足は地域医療の維持に深刻な影響を及ぼしている。
こうした環境下で、限られた資源のもとで必要な医療・介護サービスを届けるためには、総合診療医の存在が不可欠である。
2. 医師不足、産婦人科医などの専門医の偏在、医療機関へのアクセスなどの具体的な課題
石川県全体では医師数は比較的多いが、地域間での偏在が大きな問題となっている。
特に能登北部では深刻な医師不足が続いており、さらに産婦人科や小児科といった専門医の配置にも偏りが見られる。
そのため、地域によっては適切な医療を受けるまでに長時間の移動が必要になるなどの課題も生じている。
3. 能登半島地震を経て改めて浮き彫りになった地域医療の課題と必要性
2024年に発生した能登半島地震は、地域医療の脆弱性を浮き彫りにした。
地震による地割れや土砂災害により陸路が寸断され、医療物資の供給や医療チームの派遣に支障が生じたほか、重症患者や透析などを受けていた患者の搬送も困難となった。
加えて、停電や断水、病院建物の損壊により診療継続が不可能となる医療機関が相次いだ。
医療従事者自身も被災者であり、避難生活の長期化や復旧の遅れによって離職を余儀なくされるケースも多く報告された。
医師や看護師だけでなく、事務職員など病院を支える他職種の確保が困難となり、組織として病院が機能不全に陥る事態も見られた。
実際、震災直後は県内外からDMAT、JMAT、DPATなど多数の支援チームが被災地に派遣され、人的・物的な支援や巡回診療を通じて医療提供体制を支えたが、金沢以南の医療機関では、広域避難者の受け入れにより病床が逼迫し、通常の医療体制に支障をきたす場面もあった。
さらに、震災により建物や医療機器の破損などで診療の継続が困難となり、それを契機に閉院を余儀なくされた医療機関も見られた。
現在、医療機能は概ね回復しているが、広域避難などの影響で患者数が地震前より大きく減少しており、医療経営の維持や人員確保は依然として大きな課題である。
今回の震災は、高齢化と過疎化が進行しする能登北部の地域において、大規模災害時の医療提供体制の脆弱性と、平時からの備えの重要性を再認識させる契機となった。
地域医療の持続性を確保するためには、災害時の外部支援との連携強化と共に、平時からの人材育成と地域に根ざした医療体制の整備が急務である。
4. 地域住民が抱える医療への不安やニーズ
地域住民からは、以下のような具体的な意見や要望が寄せられている。
・高齢化や介護の課題が注目されがちであるが、真に持続可能な地域医療を考えるうえでは、将来の子供や若い世代を見据えた医療体制の構築が不可欠であり、高齢者医療に特化するのではなく、未来の住民にも対応可能な仕組みを今のうちから整える必要がある。
・デジタル技術を導入し、地域全体での医療の効率化や情報の連携を進めてほしい。
・高齢者の健康維持のために、予防医学や健康づくりの取り組みを強化してほしい。
・能登北部だけでなく、能登中部とも連携し、限られた人材・財源の中で最適な医療提供体制を模索すべきである。
・医療と介護を一体的に設計・運用することが重要だろう
こうした住民の声を受けて、県は今後の地域医療の持続可能性を確保するため、能登北部における新たな医療体制の方針を示している。
具体的には、新病院に救急機能及び急性期・回復期の入院機能を集約することで、「断らない救急」の実現を目指しつつ、日常的な診療は各地域のサテライト(既存の効率4病院を診療所に転換)に残すことで、地域住民の医療アクセスにも配慮する方針である。
また、新病院単独での対応が困難な高度急性期医療やがん手術、放射線治療などについては、他地域の医療機関と連携して対応する体制を整える。
さらに、地域の実情に応じ、慢性期医療などに関しては、サテライトにも一定の病床を残すことも検討されている。
県は「この構想に地域の合意が得られれば、地震前から人口減少などにより医療提供体制の維持が困難となっていた奥能登地域に、将来にわたって病院を残す道筋をつけることができる」としており、今後も地域の実情に即した持続可能な医療体制の実現に向けた取り組みが求められる。