AI時代の診断学:医師にしかできない「最終決定」~Edu(エデュ)医学についてVol.3

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AI技術の急速な進歩に伴い、医療現場における診断の在り方は大きな変革期を迎えています。かつて医師に求められた主要な能力の一つである「膨大な医学的知識の蓄積と検索」という役割は、今や高度な情報通信技術によって補完されつつあります。

このような時代において、未来の医師に求められる本質的な価値はどこにシフトしていくのか。本稿では、AI時代の診断学における「知識の扱い方」の変化、および不確実な状況下での「決断と責任」の重要性について客観的な視点から考察します。

1. 知識の「検索」から「統合・評価」へ

医学教育の歴史において、正確な診断を下すための基盤は、疾患、病態、薬剤に関する広範な知識の習得にありました。しかし、現代では医学論文の数は幾何級数的に増加し、一人の人間がすべての最新知見を網羅することは物理的に困難となっています。

現在、AIは数千万件におよぶ文献のスクリーニングや、放射線読影における微細な病変の検出において、極めて高い精度と速度を発揮しています。これにより、医師の役割は情報を「記憶する」ことから、AIが提示した膨大なデータを目の前の患者の病状に照らし合わせ、その妥当性を「評価・統合する」ことへと移行しています。

知識はもはや「所有するもの」ではなく、テクノロジーを介して「活用するもの」へと定義が変化しており、医師にはAIの出力結果を批判的に吟味し、矛盾点やバイアスを特定する、より高度なリテラシーが求められています。

2. 確率的推論と臨床的個別性の乖離

AI診断の本質は、過去の膨大なデータに基づいた「確率的推論」にあります。「同様のデータを持つ集団において、疾患Aである確率は〇%である」という統計的予測を提示することに長けていますが、臨床現場は常に統計的な「平均」だけで構成されているわけではありません。

人体の反応には個体差があり、合併症の有無、生活習慣、心理的要因などが複雑に絡み合っています。AIが導き出した「最も確率の高い選択肢」が、必ずしも目の前の患者にとっての最適解であるとは限りません。

医師の重要な役割は、データ化が困難な患者の微細な変化や、数値に現れないコンテキスト(背景)を読み取り、統計的なデータと個別の事象との間にある乖離を埋めることにあります。標準的な治療ガイドラインやAIの推奨を理解した上で、あえて「個別の例外」を適用すべきかどうかを判断する高度な臨床推論は、依然として人間に委ねられた領域です。

3. 不確実性下における「決断」の機能

医療行為には常に不確実性が伴います。検査結果がグレーゾーンである場合や、緊急を要するために十分な検査時間が確保できない場合、医師は限られた情報の中で方針を決定しなければなりません。

AIは複数の選択肢とそれぞれの成功確率を提示することはできますが、最終的な「GO」のサインを出すことはできません。なぜなら、診断や治療の選択は、単なる論理的な計算ではなく、倫理的、価値的な判断を含む「決断」だからです。

特に、副作用のリスクと治療効果のトレードオフを検討する際や、終末期医療における方針決定においては、科学的なエビデンスだけでは解決できない問いが数多く存在します。これらの複雑な状況下で、患者の意向やQOL(生活の質)を考慮し、論理を超えた合意形成を図るプロセスは、医師という専門職に特有の役割といえます。

4. 意思決定に伴う「責任」の所在

AI時代の医療における最大の論点の一つが、責任の所在です。AIはプログラムされたアルゴリズムに基づいて出力を生成しますが、その結果に対して法的な責任や倫理的な責任を負う主体にはなり得ません。

診断の最終的な妥当性を担保し、その選択がもたらす結果を患者と共に引き受けるのは、免許を持つ医師個人です。「なぜその治療を選択したのか」という問いに対し、AIの根拠を援用しながらも、自身の専門的見地から説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことが、患者との信頼関係の根幹となります。

決断と責任は表裏一体であり、この「責任を引き受ける能力」こそが、AIが普及する社会において医師がプロフェッショナルとして社会的に認められる最大かつ最後の砦となると考えられます。

5. エビデンスとナラティブの統合

現代医療の標準であるEBM(根拠に基づく医療)は、AIの導入によってさらに精密化されることが予想されます。一方で、患者が自身の病気に対して抱く意味や物語を重視するNBM(物語に基づく医療)の視点も、診断のプロセスにおいては不可欠です。

AIが提供する客観的な数値(エビデンス)を、いかにして患者が納得し、前向きに治療に取り組めるような「言葉」や「文脈(ナラティブ)」に変換するか。このトランスレーション(翻訳)のプロセスには、高度なコミュニケーション能力と共感、そして臨床経験に裏打ちされた直感が必要とされます。

診断学の未来は、AIによる科学的分析と、医師による人間的洞察が相補的に機能する、二層構造の意思決定モデルへと進化していくと推測されます。

まとめ

AIの普及は、医師から診断の仕事を奪うのではなく、医師を「情報の処理」という作業から解放し、より本質的な「判断と対話」へと注力させる環境を整える可能性があります。

将来の医師を目指す者にとって、基礎的な医学知識の習得は、AIを適切に制御し、その限界を見極めるための「知的な武器」となります。膨大なデータを活用しながらも、最終的な決断と責任を自らの手に置くこと。その覚悟を持つことが、これからの時代の診断学を担う者に求められる資質であると言えるかも知れません。