精密医療(プレシジョン・メディシン)と「個」への回帰~EDU(エデュ)医学についてVol.4

ゲノム編集・リキッドバイオプシーが変える「治療」の概念

これまでの医学は、膨大な臨床データから導き出された「平均的な患者像」に対し、最も統計的に効果が高いとされる治療法を選択する「標準治療」を正解としてきました。しかし2026年現在、そのパラダイムは劇的な転換期を迎えています。

個々の遺伝子情報や生体データを詳細に分析し、その人だけに最適化された医療を提供する「精密医療(プレシジョン・メディシン)」の社会実装です。これは、医学が再び「個」という原点に向き合うプロセスでもあります。


医療のフロントライン:リキッドバイオプシーとゲノム編集

2026年の医療現場において、特に注目すべき2つの技術革新があります。

血液一滴ががんを暴く「リキッドバイオプシー」

従来、がんの診断には組織を切り取る「生検(バイオプシー)」が必要であり、身体的負担や合併症のリスクが伴いました。現在実装が進むリキッドバイオプシーは、血液や尿などの体液中に漏れ出した微量ながん由来のDNA(ctDNA)を検出します。 これにより、自覚症状のない超早期段階での発見や、治療薬の感受性をリアルタイムでモニタリングすることが可能となりました。「がん=見つかった時には進行している」という常識が、過去のものになるかも知れません。

「生命の設計図」を書き換えるゲノム編集の最前線

CRISPR/Cas9をはじめとするゲノム編集技術は、治験段階を経て、特定の遺伝性疾患や難治性血液疾患に対する実用的な治療法として確立されつつあります。2026年には、対症療法では完治が望めなかった難病に対し、原因遺伝子そのものを修正するという「根治」への道が切り拓かれています。


パラダイムシフト:「統計的医療」から「個別最適化医療」へ

この変化の本質は、医療の「解像度」が上がったことにあります。 「ある病気に対してAという薬が8割の人に効く」という統計的な判断から、「あなたのこの遺伝子変異に対しては、Bという治療法が100%の正解である」という個別最適化への移行です。

これは医師の役割をも変容させます。医師は「ガイドラインの適用者」である以上に、膨大なデータを読み解き、患者一人ひとりの人生設計に合わせた「治療のデザイナー」であることが求められるようになるのです。


医学部入試で問われる「光と影」:小論文・面接の視点

精密医療の進展は、同時に極めて困難な倫理的・社会的な問いを私たちに突きつけます。受験生の皆さんは、以下の2点について自分の考えを整理しておく必要があります。

医療格差と社会保障の持続可能性

高度な精密医療やゲノム編集は、現時点では極めて高額です。一部の富裕層のみがその恩恵に預かり、経済力によって「救える命」に差が出ることは許容されるべきでしょうか。また、限られた公的医療保険制度の中で、どこまでを公費で賄うべきかという「分配の正義」が問われています。

遺伝情報の保護と「知らぬ権利」

リキッドバイオプシー等で容易に遺伝情報が可視化されることで、将来発症する可能性のある病気まで分かってしまう場合があります。その情報は誰が管理し、誰と共有されるべきか。また、患者本人が「自分の将来の病気を知りたくない」と望む権利(知らぬ権利)を、医療者はどう守るべきでしょうか。


結びに代えて

精密医療の時代、医師はかつてないほど「科学者」としての冷徹な分析力と、「人間」としての温かな倫理観の両立を求められます。技術が「個」に回帰する今こそ、目の前の患者という一人の人間を、データを超えた存在として尊重する姿勢が問われているのです。